エピチャン

2010/11/09



誰だ?
このモノクロ世界に音楽という魔法をかけたのは?

ファウンデーションには赤い花が咲き、黄色の太陽が照らし、雨の日には青い傘が開く。
幾億の葉緑体が森を緑に染め、夜のハイウェイにはミニマルに配置されたオレンジの街灯が燈(とも)る。
人工と自然の調和がまるで不協和音のようにちぐはぐに絡まっては、そのファウンデージョンを七色に彩る。
疑う余地などない、誰ひとりとて。世界は美しい。

僕は白のシャツを着て黒のズボンをはくだろう。
この世界でただひとり、僕だけが魔法にかからなかった。
白色のキャンバスに黒色のペンキ。
それだけが取り残された僕の棲む、「失われた世界」の中であらかじめ許された配色なのだ。
どうやら世界は黒い雨に降られているらしい。
お気に入りのシャツがじっとりと黒く濡れている。これじゃ台無しだ。
意識は僕の脳から剥がれ落ちるみたいにぼんやりと薄れていく―――――>


全てはかけられた魔法のせいだ。
誰も彼もが気が狂ったみたいに、外せない色眼鏡をかけている。
人々はこの「モノクローム」を美しき楽園だと勘違いしていて、幸せという実態のない根拠に値段を付ける。
途方もない時間軸で空のルーレットを回し、勝ち負けの存在しないゲームに人生をベット(賭ける)する。
それぞれの孤独を擦り合わせるようにセックスに及び、交わらない肌を曖昧に重ねることを愛と呼ぶ。
そして何も気づかないふりをしたまま、退化という皺(しわ)に全身を蝕(むしば)まれていく。

まるで僕だけが古いモノクロ映画を見ているようだよ。
この身体を流れる血でさえも漆黒の色をしている。
あの子どもが指差した虹も、僕には無彩色の帯グラフにしか映らない。
言葉は宙吊りの操り人形みたいに一人歩きで、人々はキチガイを見るような目で僕を一瞥する。

ならばいっそ、僕にも魔法をかけてくれ。
誰か、僕を抱きしめてくれ。
誰もひとつになんてなれないのに。誰かとわかり合うことなんてできないのに。
誰もが優しいふりをして生きてるのに。誰もが誰にも必要とされてないのに。
それでも求め続ける。まがうかたなき256色のパラレル・ワールド。

魔法じかけのリズムに乗せて街は踊る。メロディーと共に人は微笑む。
巻かれたゼンマイの動力によって配色はシステマティックに選出されていく。まるで安い人形劇だ。
袋小路の僕は耐えきれず、或る音楽の中へと逃げ込んだ。
極めて個人的な、限定されたマイナーコード。
その32小節の中でだけ、僕の世界は背徳に怯えることなく存在することが出来た。
そう。笑うことができる。泣くことができる。人を愛することができる。
反芻される三連符は表情のない僕の左の口角を吊り上げ、紙一重分だけ上に引き上げてくれる。
もっと僕に音楽を。僕だけの音楽を。
もっと。もっともっと。もっともっともっと。

誰だ?
このモノクロ世界に音楽という魔法をかけたのは?
おかしい。何も聞こえない。


<―――――違う。
これは魔法なんかじゃなかった。

どうやらヘマをやったらしい。それも今回ばかりは始末が悪い。
狂ってるのは僕の方だったみたいだ。
この「モノクローム」は生まれつき僕だけに施されたバグ(欠陥)だったんだ。
そう。はじめから僕だけに何色も見えていなかった。
両耳の鼓膜はもう二度と振動することがなく使い物にならないでいる。

スターバックスコーヒーとマクドナルドが連なる交錯地点。
その対角線上で、白と黒の横断歩道にすがりつくように僕は倒れていた。
黒くずぶ濡れのシャツからは大量の血の臭いがする。
頭からは漆黒の液体が流れ、シャツにベッタリと付着していた。
そう。32小節の中で堕ちていく三連符とユニゾンするように、僕はビルの屋上から飛び降りたのだ。
意識は僕の脳から剥がれ落ちるみたいにぼんやりと薄れていく。

スターバックスコーヒーのテラスから、中年の男が珈琲を片手に僕のことを見てる。
慌てた老婆は僕のそばで何かを叫んでいる。何にも聞こえない。信号機の色さえも識別できない。
ただ微かな三連符だけが、死滅した細胞膜の向こうであやふやにフェイドアウトする。
僕の生きた白黒映画がきめ細かなノイズの砂嵐に呑まれていく。
どうやらこの映画の結末に、エンドロールは存在しないらしい。
白い希望と黒い絶望。
そのノイズだけが失われたモノクロームの中で鳴り響いている。

2010/11/01



downtempo のミックス作った。
コンセプトは、"眠れない夜にもっと寝れなくなるミックス"(笑)
以下セットリスト。

Ask You - Lusine
Luttel - Scone
15mg (remixed By Dnn & Huron) - SE
Spetaelska - Loess
Snow - Outputmessage
Your Birds - Last Days
Martwa Cisza - Jacaszek
Maia - Nikakoi

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