エピチャン

2013/10/04



この清春の格好よさは異常。
清春がTMレボリューションに対して、「僕から見ても全然すごい。声でかいし。」って賞賛した話が好きだった。

ビッチ【bitch】:秘密裏に複数の男と肉体的な関係を持っている女、もしくはそのような雰囲気を持っている女。一時の快楽や金銭を求めて男なら誰でも寝たがる女、もしくはそのような雰囲気を持っている女。― Wikipediaより

ビッチの定義は上記の通りらしいが、僕のビッチの定義は少し違う。
僕のビッチの定義は、“好きな男がいるのに、他の男に身体を許す女”である。

いかなる理由があったとしても、それはビッチ。
好きな男がいるのに、他の男に身体を許すことに心底軽蔑するし、そんなビッチの恋心にもはや何の価値も説得力もない。
「(長い間)ずっと好きだった」みたいなことを言う女がいるけど、その間ずっと貞操を貫けてはじめて言える言葉だし、
その間に他の男とセックスしてたら、それ男からするとただのビッチだし。
たとえばこの世界に100人の人がいて、100個のりんごが成っているとしたら、
それを1人で1個ずつ分け合うというのはただの幻想で、実際は、1人で10個手に入れる人もいれば、3個手に入れる人もいれば、
1/4個や1/8個の欠片を必死で手に入れる人もいれば、0個で野垂れ死ぬ人もいる。
それが現実。世界はそういう奪い合いで成り立っている。
幸せとか不幸せとか、絶望とか希望とか、そういうのは状態や状況のことではなくて、単に今そういう気分なんじゃないかな?
そうだとしたら、どんな苦しい状態や状況にいても、いい気分で今日を過ごした方が、人生ハッピーじゃないかな?
口コミなんて書く人間は相当な暇人=信用できるものではない。クレーマーも然り。

アリと思ったら黙ってリピートするし、ナシと思ったらもう二度と行かない。それが自然。
第一、口コミって不自然だよ。そんなものを書くメリットがない。
個人的な感動か、怨みか、ステマの集客か、あるいは暇人なだけ。
教室の机の上に鉛筆で書かれたラブレターに、気付かないフリをして眠った中学時代。
幼馴染みが女になっていくことが寂しかった。知らない女の子の好意が照れくさくて、面倒で、冷たくした。
思えば、あの頃の僕は、今の僕よりも、ずっとまともだったのかもしれない。
中学の頃、音楽のテストで語群の穴埋め問題があった。
( )の中に、語群のカタカナの記号を埋めていくという、ありがちな問題だ。
音楽のテストなんて心底どうでもよかった僕は、当てずっぽうで適当に回答を埋めた覚えがある。

その後、テストが返ってきて、答え合わせをする時、事件は起きた。
教壇の上で淡々と答え合わせをする音楽の先生に、突如クラスの女子が叫び声を上げた。

「先生!!この語群…!!私、気付いちゃったんだけど…!!」

クラス中がどよめいて、皆が一斉に回答に目を配る。
( )に埋められたカタカナの回答を、後ろから読んでみると、

“ソ ラ モ ト ヘ ル ハ ス”

「空も飛べるはず」。
当時、絶大な人気を誇っていたスピッツの名曲を、逆さまにもじって配列していた。
クラス中がどっと沸く中、音楽の先生は「ハイハイ、次行くよ~」というポーカーフェイスを決め込んだ。
クールだと思った。冷めていた僕も、これには震えた。音楽の先公も、なかなか気の利いたことをやる。
こういう、誰も気付かないように仕掛けられた罠に、僕は静かに戦慄する。


ブログ アーカイブ

自己紹介

自分の写真
ご意見、ご感想はepidence[at]gmail.comまで。