エピチャン

2014/05/31

今月の総括的なもの。

仕事面。
今月はマジでクソ頑張った。まあ毎月クソ頑張ってるんだけど特に頑張った。
序盤から、ゴールデンウイーク?なにそれおいしいの?って感じで仕事してた。
でもお陰で業績はブッチ切りで叩き上げた。

メンタル面。
今月は春から夏にスイッチ切り替わる月で、僕は完全に別人28号に生まれ変わった。
この時がやっと来たって感じ。春のあの抑鬱とした感覚は何なんだろう?毎年苦しむけどもうこっちのもんだ。

プライベート面。
今月は、あるものを捨てた。僕が福岡に住んでいる楽しみのほとんど9割以上を占めるものだ。
大好きなものだったんだけど、どうしても許せない、納得できない思いがあって。
ずっと悩んでたんだけど、僕はようやくサヨナラが言えた。

本当に行きたかった京都行きのライブも諦めた。でも後悔はしてない。
そのかいもあり、婆ちゃんを、遠い大分の山奥にある爺ちゃんの墓参りに連れて行けた。
帰ってきて婆ちゃんと別れ、婆ちゃんが何故僕をあの墓に連れてきたのか、その事を想像すると、とても複雑な気持ちになったけど。
でもこれで、僕が福岡でやり残したことは全て終了した。

来月以降のことはまだ何にも考えてない。
取りあえず、いろいろな準備をしなければならない。愛犬の避妊手術も控えている。
無事に終えたら、どこか遠くに旅行にでも行きたいけど。遅れてきた僕だけのゴールデンウイークを手に入れるのだ!

以上。
元々epilogの方にupしようとしてた総括だけあって、読み返したところ、文章雑やな。。まあでも、たまにはいっか。

「男/女をああしてやろう、こうしてやろう」という策謀は、もう30過ぎた我々の年齢になるとやり尽くされた感がある。
それなりに傷ついて、男/女というものに一度は絶望して。それでも男/女を愛そう、という境地にたどり着いているわけですよ。
それを、「ああしてやろう、こうしてやろう」という計算で挑まれても、もうそういうのは全部経験済みで。免疫があるわけで。抗体できてるんです。
もはや恋愛において、何ひとつ計算のない、真っ直ぐなもの以外には、もうときめかない。
僕よりも経験の浅い子達の計算や策謀なんて、はじめからネタバレしてる。そういうものなんですよ。

多分、女の人は、お金そのものに惹かれるんじゃなくて、それだけお金を稼げる能力を持っている人に惹かれるのではなかろうか。
まあたまに、お金そのものにバンバン惹かれてる女もおるけど、僕の妹とか(笑)

僕はその辺は、女の子のファッションで判断している。
服装とか髪型って、本当にその人の思想やメンタリティーを分かりやすく具現化しているから面白い。
大体お姫様ファッションの女は、最初に言った、前者のお金大好き人間だからね。
お姫になりたい→私にお金沢山使ってほしい→お金大好き☆だからね。わかりやすい精神だこと。

http://epidence.blogspot.jp/2013/09/blog-post_392.html

2014/05/30

「お前の一番嫌いなタイプの男が、お前の一番好きな女をさらっていくとしたら、お前はその一番嫌いなタイプの男になれるか?何かを捨てるって事は、そういうことなんだ。」

“本当に寂しいのは、会いたい人に会えないことよりも、会いたい人が思い浮かばないこと”
かつてのegghead氏は言っていた(引用うろ覚え)。

僕、そういうの好きだよ。厨二病をこじらせた感じの、生きづらそうにしてる人。好きだよ。
彼、もう数年前から、インターネットで全く見かけなくなってしまった。彼は「epiさんと自分は似ている」と言っていた。確かに、そうかもしれんね。
彼は、インターネットの一人称で度々「俺」を使った。そういうところも、僕はとても好きだった。
もうこのblogは見ていないと思うけど。元気にしてるかな?僕は時々、君のことを思い出しますよ。

2014/05/28

飲食店で隣の席に座った、Bボーイとギャルの若いカップル、
僕より後に席について、飯を食って、僕より先に帰るまで、一言も喋らなかった。マジで一言も。
ふたりともずっと無言。異様な空気で、殺伐としていて、でも喧嘩しているという雰囲気でもなかった。淡々と食事していた。
僕はなんか逆に気が散ってしまって、せっかくの晩餐を、わけのわからない沈黙の空気で乱された。
でも元々おひとり様だし、元々沈黙か…。イヤでもそれとは違うんですよ。。

あの二人、なんのために付き合ってんだろ。二人で会話ひとつない食事って、意味なくない?余計なお世話か。
世の中には、僕の理解の範疇を超えた男女の付き合いが存在する。

2014/05/27

僕は死後の世界には興味がないタイプの人間なので、墓や遺骨に何らかの霊的なものが宿るとは考えない。
でも墓参りをすることは、弔いの儀式として必要なことだと思う。

霊や魂を信じていないのに、何のための儀式かって?
葬式がその人の死を認めるための儀式であるように、
墓参りは、その人をいつの日か忘れていた、失われていた欠落をリマインドする為の儀式だ。

人は悲しいほどに忘れる。どんなに愛していても、死んだものはもういないのだから。感じることができないのだから。
だからせめて、あなたの欠片が眠る墓前で思い出させてほしい。

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