エピチャン

2011/11/08

先日、中洲のキャバクラ嬢(20)と飲む機会があって飲んだのだけど、
耳打ちで一言、「ねえ、相当遊んでるでしょ?」と言われた。
「何で?」って答えたら、「言っとくけど、相当遊んでるように見えるよ?」とのこと。

先日、大阪で友達のユキノとお酒を飲む機会があって(幸運にもお誘いをいただいた)、
二件目の Bar でふと、「(本当は)真面目だよね」と言われた。言ってくれた。

さて。ここで二分する僕の性格。どちらが本当の僕なんだろう?
無論、それは僕の口から語るべきことではない。あなた自身の目で見極めてほしい。

2011/11/07

"人生って、自分を好きになることなのではないか。と思うよ。つまるところ。それは自分との戦いということでもあるのだけど。" 
(via Twitter / A Y A N A)
今日走っていて思ったのは、誰かのために 42.195km 走れるものはいない。
自分のために 42.195km が走れるということ。

デトックス12日目。ベジタリアン2日目。
朝はキムチと野菜スープ。昼は納豆2つとパイン。夕は納豆キムチと野菜スープとパイン。
夜はキムチと野菜スープとフルーツ。夜に走る。

ベジタリアン、全然いける。
友達と飲みに行けないこととケンタッキーフライドチキンを食べられないことを除けば、
身体も軽いし、体調もいいし、痩せるし、体脂肪率下がるし、言うことない。
僕は米なしの100%ベジタリアンでやっているけど、それでも納豆とか食べられるし、
大好きな唐辛子はガンガン食べられるし、甘いものならフルーツもいける。
そんなにつらくないのは、10日間の断食のつらい経験を踏襲しているからなのかも。
食べられることだけでこんなにも満たされている。
ルクエも買ったので、野菜食のバリエーションも増やしていけばもっと楽しく続けられる。
そりゃ唐揚げとかチーズとかケーキとかカレーとか寿司とか食べたくなるけど、
今は今の生活で調子も良いし、割と平気である。
そんなに我慢をしてないし、いい感じのメンタリティーを保っている。
体調や便通もすこぶる良い。摂取と排泄の回転率がすこぶるいい感じ。
何というか、食べても身体に蓄積されず、自然の流れのように胃腸をすり抜けて排出される感じ。

"食" として楽しめるものでなければ僕はベジタリアンを続けられない。
逆にいえば、食として楽しめるのなら僕はベジタリアンを続けられる。

2011/11/06

「楽しければそれでいい」とか「家庭ができたら守りたい」とか、
それだけを考えて生きていく能天気な男がどれだけシンプルで生きやすいかと思う。
僕はそういったタイプの男ではない。そうなりたくもない。
もっと強烈な満足感を求めているし、やったった感を求めているし、狂喜と刺激と今以上の結果を求めている。
だから女から見て "幸せになれる男" ではないのかなと思う。
女が求める "幸せになれる男" は、結局のところ、何かを諦めた男だと思うから。

日々のメモ。

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嘘つきがダメなら、手品師もダメ?
人をハッピーにする嘘だってこの世には存在する。
僕は言葉を使う限り、そういうハッピーな嘘をばら撒いていきたいと思う程度には
この言葉の存在する世界に対してポジティブである。

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旦那が浮気をして、浮気相手に抗議をするような妻は筋違いだ。
責めるならまずは旦那、そして自分自身だろう。
浮気には互いに非がある。どちらかだけが咎められるのは不公平だ。
ましてや僕に言わせれば浮気相手に全く罪はない。
相手が結婚していようといまいと、関係ない。恋をするのは当人の自由だ。

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どうあがいてもやっぱり料理ができる女性が魅力的だ。
ファシストだと言われても、考え方が古くさいと言われても、事実だ。
どう都合よく考えてもそれを否定できない。
僕にとって "食べること" は性欲より睡眠欲よりもっと身近で、それでいて特別な "快楽" だ。
日々を楽しむためにそれはできる限り上質なものを得たい。
かつて僕が付き合った女性達のことで僕が今も鮮烈に記憶していることと言えば、
彼女達が僕のために腕を振るってくれた飛びきりの得意料理だけかもしれない。

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「時間がない」っていうのは自分の行動規範の欠如や自己管理の無能を露呈してるのと同じだ。
時間なんてどうにかして都合をつけるしかない。自分の環境や境遇のせいにするのは格好悪い。
今の自分の余裕のない生活を、余裕のある生活に再構築していく他ないわけだ。

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「そのファッションはモテる為のものではないけど、君には最高に似合ってて、イカすね」

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以上。
デトックス11日目。ベジタリアン初日。
所感としては、ベジタリアンは "全然いける"。ただ「自分で作る」というのは限界がある。

朝昼はパインとデトックスの野菜スープを食べる。スープ2杯で胃が満たされる。胃が縮小している。
ただ胃が満たされても食欲(血肉を食べたい欲求)は満たされない。それとの闘いである。
我慢は、食べたい衝動(反動)を呼ぶと痛感する。
できるだけ我慢をしないように食欲を満たしていく工夫が必要だ。

野菜ばかり摂っていて、ふと糖分切れに陥る。休憩時間にフルーツを食べる。
オレンジ・グレープフルーツ・ピンクグレープフルーツ・ゴールドキウイ・ブドウ・パイン・リンゴ。
生のフルーツがこんなにも美味しいものだと思わなかった。

夜は野菜スープとキムチを食べる。
昨日に引き続き、スープを作ってみて確信した。今の僕に料理は無理である。
料理が向いてないのではなくて、料理をする時間がロス過ぎる。家事が増え、効率が悪い。
料理に時間を費やしているならその分仕事した方が効率がいいし、他にもやることは山程ある。
「自分で作る」というスタイルでは、僕はベジタリアンは続かないだろう。
やはりベジ屋を利用することが一番理想的と感じる。
職場の近くにベジタリアン・バーガーの店があるので明日行ってみる。

以前も書いたが、人間の生活として草食でも肉食でもなく雑食が理想的だと感じる。
やはり血肉は僕に活力をくれる。野性的でありたいし闘争心を必要としている。
ただ断食後の浄化されたいい機会なので、しばらくベジタリアンを続けたい。

2011/11/05

カネで睡眠薬を買う。睡眠薬で時間を買う。
カネでいい靴を買う。いい靴で特別な気分を買う。
カネで花束を買う。花束で大切な人の笑顔を買う。
「カネで買ったもの」が重要ではなくて、「カネで買ったもので買ったもの」が重要である。

金は「使い方」が重要だ。
その人が何にカネを投じて、その向こう側に何を見ているかでその人の本質がわかる。

最近、人のカネの使い方をすごく見るようになった。カネの使い方にセンスが出る。
自分にばかり投資してもそれは単なるオナニーだし、何も跳ね返ってこない。とどのつまり幸せになれない。
自分を磨くことと自分にばかり投資することはまるで違う。無論、自戒をこめて。

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