エピチャン

2012/12/31

なんだか今年もどうやら暮れのようで、年末年始の休みなど一切取らない僕としては、あまり実感もない。
盆や正月くらい休みたい、という人が殆どだと思うけど、逆に僕、盆や正月は仕事したいね。
皆が休んでるときに休むなんて、どう考えても効率悪すぎる。

今年のうちにブログに書いておきたいことが、50個くらいEvernoteに残っているけど、なにぶん遅筆なもので、なかなか更新できない。
書くという行為は、僕にとって最も脳内リソースを消費する作業だ。できれば仕事の合間を縫って、夜までに更新できれば、と思う。

1年前のことなんて忘れたし、10年前のことなんて、もう何ひとつ覚えていない。
だから、日記を書け。
日記は、このブログは、10年後、20年後の自分へ宛てられた、遠い過去から届いたラブレターなんだ。

2012/12/30

ルイ・ヴィトンのモノグラムやダミエの素材が、革ではなく塩化ビニールだということで、disっている連中に言いたい。
原価なんてそもそも何の意味も持たない、と。

素材や原価という短絡的な発想でしかモノの価値を判断できないような人間に、その本当の価値がわかるとでも?
僕はルイ・ヴィトンのバッグや財布のファンではないけど、実際メチャクチャ丈夫でしっかりしているよ。流石だと言わざるを得ないよ。
ただブランドという固定観念にアレルギーを持つ単細胞たちが、かの一流のクラフツマンシップを冒涜している。

長年の技術力と職人技によって生まれた最高の品質の称号が、あのモノグラムである。
モノグラムだからいいのではなく、むしろその逆。いいものにモノグラムの称号が刻まれているのだよ。

2012/12/29

ボロい靴と、安い上着は、ポリシーに反する。せっかく生きてんだ。格好くらい付けたい。

ユニクロ・松屋・レオパレスに対するアンチテーゼ

「衣・食・住に金をかけずに、一体何に金をかけると言うんだ?」

車?乗り物なんて安全ならそれでいい。
美?わけのわからない化粧品やエステよりも、普段の食生活や睡眠が美しさの本質。

やっぱり、金の使い方って、生き方のセンス出る。

2012/12/28

“縫製とか生地のクオリティが最近悪いとか言われてるけど、全然そんなことなくて、むしろどんどん良くなってると思います。値段は高くなってるかもですけど、それは原材料の高騰がどうしても響いてる。デザインはクソですけど。”
「柳井正は人として終わってる」を読んで


ユニクロの元社員の人が書いた記事で、非常に共感する一節があったので、引用させていただいた。
デザインはクソでも、生地と縫製は値段の割にまあまあなユニクロ。
ダサくても、安くて丈夫で長持ちするから───。そんな理由で服を選びたくないな、僕は。
facebookが、自分の子供自慢と、女子力アピールと、わけのわからない診断テストの結果と、告知が9割を占めるクソ装置として機能している。
SNSの墓場かもしれんね。

2012/12/26

日本で一番寒い町、北海道の足寄郡陸別町に、ユニクロが町民全員分、3000枚のヒートテックを贈呈したらしい。

これ、すごいよね?
たとえ売名行為だとしても、町民にとっては死ぬほど助かるライフラインとなるわけで。ユニクロすごい。

ふと、陸別町の気温を見てみると、今夜は-25℃まで冷え込むらしい。-25℃。豆腐の角に頭ぶつけて死ぬレベルだ。
運が悪ければ、明日の朝にはガチガチのアイスクリームになってしまうかもしれない。

この極寒の陸別町から一番近い、北見のユニクロまでの経路を調べてみたら、Googleマップでは車で1時間半、と出ている。
しかし恐らく、今の時期は豪雪で道路状態も悪く、移動することは困難を極めるだろう。
だから、陸別町の町民はヒートテックなんてものを持っていないだろうし、ましてや気軽に買いに行くようなことはできないだろう。

僕はこれまでヒートテックを散々ばかにして、ダサいとか言って、申し訳なかったと思った。ユニクロごめん。
ヒートテックで人の命が救えるなら、弱者に手を差し伸べることができるなら、それは素晴らしいものだ。

2012/12/21

ヒートテックの何とも情けないところは、いとも簡単に、他社に製品を真似されたところだ。
しまむら、イオン、元々アパレルメーカーでもないセブンイレブンでも、廉価で模倣品が売られている。

ババシャツくらい誰にでも作れるんだよって話。 真似できないような技術力の高い服を作れよ。
ユニクロは、衣服としてはそれなりの品質を保持しているけど、ファッションとしてはもう本当に最下層のモノだ。
防寒具を安く済まそうという、その低俗な精神が気に入らない。何より見た目がダサい。

よく、休んでないですよねとか、スーパー忙しいですねとか、言われることが多くて、
そういうときは大抵、「仕事が趣味です」とか適当なことを言ってきたけど、
「仕事が趣味」って、一見格好いいようで、実は全然格好よくないな。格好つけて言ってるだけだ。ただの社蓄だ。

僕は、仕事をするために生まれてきたわけじゃない。
仕事をして結果を出している自分は好きだけど、仕事は趣味ではない。
仕事は、生きるための手段だ。趣味は、生きることの快楽だ。そこは履き違えちゃいけない。

平等なんて世界は、本当はないんだよ。

そんなもの、人間だけが作り出した、甘っちょろい幻想だ。
どちらが強者で、どちらが弱者か。
自然界は、動物達は、常に優劣を競い合って生きている。その姿は、潔く、美しい。
本当は、人間も同じなんだよ。今の格差社会は、必然。

2012/12/18

犬を飼うと、元来、人は愛を示すときに言葉は必要なかったことを思い出す。
はるか何百万年も昔の、言葉を持たぬ遠い先祖の記憶───。

僕は飼い犬に、食事を与えたり、一緒に外へ出たり、抱きしめたりして、愛を示すことができる。
そこに言葉は必要ない。犬も人間も、愛し方は同じ。それは大昔から変わらない。

2012/12/17

ペニーオークション詐欺の摘発で、ステマに荷担した芸能人が次々と謝罪をしている。

信用できないね。もうこれ、ステマというか、ブログ書いた芸能人も同罪だね。
応援してくれる自分のファンを騙して、詐欺に荷担したんだから。この罪は重い。
一度失った信用は、もう二度と取り戻せないよ。

インターネットを疑え。あなたがいとも簡単に手に入れたその情報は、権威によってねじ曲げられている。

プライドって言うと、よくわからないかもしれないけど、簡単に言うと「格好つけたい」ってことなんだ。
僕の場合、ただそれだけのことなんだ。

2012/12/13

仕事おーわり。これから、この足で空港へ。京都にラーメン食いに行く。
食べたいときに、食べたいものを、食べに行く。ああ、最高。

2012/12/11

今朝は、絶好調だ。

昨夜から、質のいい睡眠をとり、朝から熱いシャワーを浴び、最高に美味い(効く)カレーを食べ、
いい感じの仕事着(スウェットのセットアップ)を着て、玄関先で飼い犬を愛し、そして家を出る。
移動中に、すべてのメールやフィードに目を通し、職場に着いたらすべての段取りを済ませ、ユンケルを飲み干す。

最高の一日の始まりだ。一日のはじまりは、こうでなくちゃならない。そうじゃないと、いい感じの仕事なんてできっこない。
朝が憂鬱で、しんどいなんて。会社に行く足取りが重いなんて。それは、もう明らかに、人生を損している。そういう時は、何かを変えなければならない。
夜はクタクタに疲れてもいい。でも朝だけは、最高にハイスペックな自分で迎えなければならない。

今日もパソコンの前で脳味噌フル稼働。キレッキレ。気分がいい。行ってきます。

2012/12/07

格好いい服を作るデザイナーは、えてして見た目も格好いい。当然のこと。



LANVIN のメンズ・デザイナー、ルカ・オッセンドライバー。惚れ惚れする程のイケメン。



Dior Homme、そして自身のブランドも手がける、クリス・ヴァン・アッシュ。爽やかなイケメン。




(元)BALENCIAGA のデザイナー、ニコラ・ゲスキエール。独特の格好良さ。



LOUIS VUITTON のアーティスティック・ディレクター(現レディース・デザイナー)、マーク・ジェイコブス。流石の風格。


そして、LOUIS VUITTON の現メンズ・デザイナーを務める、、



?????!???!!

キム・ジョーンズ。遠足のときのお父さんか。
こんなおいちゃんが2012SSからルイ・ヴィトンのメンズラインをデザインしていると思ったら。残念すぎる。

2012/12/02

服は汚れるもの、消耗するもの。
服を長持ちさせようという、その発想そのものが、なんかもうダサいよね。

いい服は高い。それでもいい服を着るのは、「いい気分」を買うんだよ。
生地や縫製は段違い。でも減価償却率と耐用年数はユニクロと変わらんよ。執着は醜い。

生まれたときと、死ぬときは、男も女も大して見分けがつかなくなる。
それは裏を返せば、性的(セクシー)でいられるのは、限られた、ほんの僅かな時間だということ。

セックスをするべきだ。僕たちは、今すぐにでも、そうすべきだ。

「大体、一人の人間は三万人に支えられている」ってすごい言葉だな。
数学的にとらえると、自分が「1」という単なる数字である、ということを自覚する。

男にとって、性欲とは、自分を魅力的に、そして豊かにするために、とても大切なものだな。
自分も、あんないい女を抱きたい。飛びっきりの美人と、ホテルでシャンパン。スイートな夜へと洒落込む。
自分も、そんなイケてる男になりたい。その欲が、男を大きくするんだな。
だから、エロ動画なんて見てないで、金を稼げ。いい女とセックスをする、 その生きている満足感のために、努力を惜しむな。

100円ショップ、松屋、ユニクロ。
低価格で、それなりに質のいいモノが、どこでも手に入る。そういう時代。
こうした物価の引き下げを求めるほど、より安い方を選ぶほど、巡り巡って自分の給料が下がるというのに。
ただ闇雲に安いものを求める。何でもかんでも安ければいいという精神は、最終的に自分にツケが回ってくるね。

無駄なもの、払う必要のないもの、価値のないものには、一円たりとも払いたくないけど、
欲しいもの、必要なもの、価値あるものには、それなりの対価を支払う覚悟も大切。
どんなに寒くても、ヒートテックとか言うわけのわからないババシャツなんて絶対に着たくない。
いい感じのアウターを着て、いい感じに冬を越したい、と。そういうことです。

2012/11/25


誰でも簡単に無料でネットショップがオープンできる「BASE」が好調らしい

これだ。次の時代。
誰もがfree(タダ)で、すぐにインターネットショッピングのオーナーになれる。

2012/11/22

前CIA長官が使ったバレない不倫メールの仰天手口とは?= 「2人だけのGメールのアカウントを開設。メールは送信せず、下書きとして保存。それを互いに読みあっていた」 - livedoor ニュース

やってることの良し悪しは置いといて、アイデアが素晴らしい。
賢いヤツは、悪いことするときも、技がキレてるなあ。お見事。

初音ミクが主演ボーカロイド・オペラ 衣装はルイ・ヴィトン担当 | Fashionsnap.com

初音ミクの衣装をLOUIS VUITTONが担当するって。色々すごい。
初音ミクって、元々ネットオタクの音楽遊びから生まれたようなサブカルだと思うけど。
それを天下のLOUIS VUITTONが手掛けるのか。信じられないけど。何というか、そういう時代。

2012/11/17

ゆとり教育をdisってる人が本当に苦手。個人的に、弱いものいじめにしか感じない。

2012/11/16



sick.

すごいイカすパーカー見つけたと思ったら、Raf Simonsだった。流石。

2012/11/15



サイレント・マニフェスト。いいね。マルジェラ節、全開って感じ。

予想通り、本日は大盛況だったようで。色んな意味で、流石という感じ。
まあ実際、ファンには復刻とか生唾ものだからね。
“いい男をつかまえようと思うなら、今すでに彼女のいる男の中から探す。これが鉄則である。…いい男を見つけたら、強引に奪うのではなく、予約をするのだ【千円札は拾うな。】”

これ、すごいね。したたか過ぎるだろ。ある意味、最良の「奪い方」かもしれんね。

2012/11/11

人間って、数多くの優先順位のもとに生きていると思うんだ。

だから、できない自分や、やらない自分を、否定することはないと思うんだよね。
無意識に、自分のやりたい方、行きたい方を選んでる。それが、怠慢だとしても。優先順位のもと、そう望んでるんだ。
だから、結局のところ、 なるようになるんだよ。そう。僕達は何ひとつ、コントロールすることなんてできない。

2012/11/10

H&M×Maison Martin Margiela(メゾン マルタン マルジェラ)に思う: connecting the dots (padawan)

H&Mとマルタン・マルジェラのコラボレーションに関する、様々な賛否両論が飛び交っているが、
非常に共感する、秀逸な記事を見つけたので紹介させていただく。以下、引用。

“ 手仕事で解体して再構築したもののデザインだけを抜いて、量産されたものに人々は価値を見出せるのか。”

もう本当に。その通りだと思う。

2012/11/08

書きたいと思ったときに書かないとブログなんて意味ない。
愛してると思ったときに愛してると言わないと意味がないのと同じだよ。

昨日、本当に腹の立つことがあったんだけど、それに対して、反発したり、考えたりするだけ、時間と脳内リソースの無駄だ。
僕としては、突然引越すことになったので、義理を通して連絡を入れたつもりだったんだけど。
でも、余計な世話だった。考え方の違いだから、仕方ない。

2012/11/06

昨日届いた、とある一通のメールを読んで、今日引越しをすることにした。

背筋が凍りつくような内容だった。
非常事態ということは理解できるんだけど、あまりのオカルトっぷりと、この展開の早さに、メンタリティーがついていけない。

2012/11/03

食事は、僕の最も至高とする趣味のひとつだけど、食事のいいところは、他者の共感を必要としない、全く人の影響を受けないところである。

簡単に言うと、たとえば、自分の着てる服を、100人中100人がダサいと言ったら、それは割と問題だけど(ファッションは人を楽しませるものである)、
自分の食べる食事を、100人中100人が不味いと言っても、それは何ら問題もない、 自分1人が美味いと思えば、それで満足だということだ。

今日も仕事を終え、よく行くラーメン屋に着いた。店内は相変わらず、いつもと同じくノーゲストだった。
入口の外では、居酒屋帰りの酔っぱらいのサラリーマン達が、ガラガラの店内を覗きながら嘲笑っていた。
構わず僕は暖簾をくぐり、ラーメンを啜(すす)る。そして自信をもって言う。最高に美味い、と。
誰の共感も得られずとも、自分がそう思える一杯にありつける。これだから「食事」は止められない。この上ない快楽である。

2012/11/01

先日購入したマルタン・マルジェラのパンツに、構造 (仕様) 上の問題があってはけなかったんだけど、
どうしてもそのパンツをはきたかったので、よく利用する仕立て屋に相談に行ったところ、見事に解決した。
問題のディテール箇所をすぐに見抜いて、仕様の変更、そして再構築をする。
これぞ bespoke. プロの仕立て屋の仕事。流石だと思った。
危うくタンスの肥やしになるところだった。はき心地は良好。やはりこういった仕事はプロの職人に頼むに限る。

H&Mとマルタン・マルジェラのコラボレーションについて。

終わってるとか、呆れたとか、コラボをdisってる人がとても多いけど、いいんじゃない?僕はアリだと思う。
昔のマルタン本人ならこんなコラボレーション絶対にやらないとか、もうそんな過去のことにこだわってもダサいよ。それこそ20世紀の古臭い考えで、終わってる。
かつての奇抜で斬新なマルタン・マルジェラのクリエーションを「復刻」という形で蘇らせてくれたこの機会(チャンス)に、僕は新鮮さと面白さを感じる。

2012/10/20



100万年待ちわびたskrillexが、来月日本にやってくる。

初来日、単独、ハコは大阪・なんばhatch。そんなの行くに決まってるだろ。1秒も迷わないわ。
目当ては勿論、“scary monsters and nice sprites”。あの曲に全てを賭ける。
ブッチギリの夜になりそう。

2012/10/19

子猫ちゃん気取りで、僕に絡んでくる女は、一体何がしたいんだろう?

悪いが僕は「猫アレルギー」なんだけどな。
僕をその気にさせたいなら、従順な犬に生まれかわって来世で頼むよ。adios.
クーポン券は女が使うもの。男がクーポン券とか探してんじゃないよ。
ダサすぎる。ダサすぎて、せっかくのお熱も冷める。

クーポン券を探す暇があったら、その時間でもっと稼いでこい。
そしてもっともっといい感じのディナーで、女性をエスコートすべき。
デートとは本来、そういった特別な「賭け」だ。チップを惜しむな。

“賭けとは全身全霊の行為であるが、百万円持つてゐた人間が、百万円を賭け切るときにしか、賭けの真価はあらはれない。”
と言ったのは、三島由紀夫だった。
洗車は自分でやる仕事ではない。洗車は人(プロ)に依頼する仕事だ。少なくとも僕にとってはそうだ。
自分でやれる仕事には限りがある。金を払って人に頼むか、時間を払って自分でやるか―――。
その切り分けは極めて重要だ。

yes yes yes

yesはnoになるけど、noがyesになることはないんだな。
生(alive)は死(dead)になるけど、死(dead)が生(alive)になることはないのと同じだな。

yesを求めるなら、yesであり続けるしかない。noになったら、さよならだ。

2012/10/18

恋愛多数決|@nifty恋愛・結婚


「男女の友情はある?」の問いに、「ある」と答える女は、なんと全体の8割にも達するけど、
男女の友情があるなんて言ってしまう女の人は、僕に言わせりゃ隙だらけ。

2012/10/17

「食べる」ということは、「奪う」ということ。

我々が生きるためには、牛の乳を搾りとったり、蜂の巣を荒らして蜜をとったり、稲穂の実を毟りとったりしなければならない。
何故なら、僕達は鉄やコンクリートを食べて生きることができないからである。

らばQ : 「赤ちゃんクマを育てたら、とてつもなく巨大になった」

いいね。好きだよ、こういうの。愛を感じるね。こういうのに弱い。


京都グルメツアーその2、カレー編。

京都・烏丸のkamalというカレー屋。
雑誌の表紙のカレーを見て、京都まで行ってきたんだけど、予想どおり文句なしの美味さだった。10点満点。
こんな満点、そうそう出ないんだけど。京都の食レベルの高さに、ただ驚かされるばかり。

2012/10/16

だめだ。京都のみよしが美味すぎた。

福岡に帰ってきて、何度かラーメンを食べてみるけど、もうね、博多のラーメンが子供だましみたいに感じる。
みよしは、福岡・長浜で修行した人が京都風にアレンジして出した店だと聞いていたが、とてもじゃないけど博多のラーメンでは勝負にならない。
ぶっち切りに美味かった。あの一杯のラーメンを食べるために、飛行機に乗って京都まで行く価値がある。

僕も相当数のラーメンを食べ倒しているけど、あのラーメンを超えるラーメンには、もうこれからも出会えない気がする。
そう思うと、もの悲しさすら覚えるけど。僕にとって、まるで初恋のような、特別な一日になった。

2012/10/14



はるばる京都まで来たかいがあった。

文句なしの10点満点、最高に美味かった。
こんなラーメン出されたら、ちょっと博多のラーメンでは太刀打ちできんね。

2012/10/13

宿・ホテルの予約サイト「じゃらん」から、週末に予約しているホテルの最終確認のメールが届いたけど、
よく見てみると、差出人のメールアドレスのアカウントがbon-voyageだった。

bon voyage.
自動配信メールのくせに、なかなか気の利いたことを言う。

2012/10/07

結婚のことを、「セックスの向こう側」と呼ぶのは、どうだろうか?

2012/10/04

縮図

一日があっという間ということは、一生もあっという間だよね。

2012/10/01

東野圭吾「容疑者Xの献身」の感想

久しぶりの一気読みだった。

大胆で、精緻で、そして悲しい完全犯罪だった。
涙なしでは読み切れない。ラスト1ページ半、僕はこの結末を支持する。
愛想がないヤツは、群れたりもしない。
そういうヤツは、大抵「ぼっち」になりやすいけど、そういうヤツが、おれは結構好き。

2012/09/30

“(刑法第199条 殺人)
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
(動物の愛護及び管理に関する法律 第四十四条)
愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

これって、なんか、おかしくない?

なんで人を殺したら懲役5年以上で、 犬猫を殺したら懲役1年以下(または100万円以下の罰金)なの?
罪のない動物達の命をもてあそんで、そして殺して。それをお金で解決できるの?
なんで殺人よりも動物を殺す方がずっと刑が軽いの?
これってつまり、「犬猫の命は人間の命よりも軽い」ってことだろ?

なにか、大きな思い違いをしている。
人を殺すのも、犬猫を殺すのも、同罪だよ。同じ裁きを受けるべきだ。
おれは芸術家気質ではないな。仕事人気質だな。
それは己の選択であり、宿命であり、生き様である。

2012/09/26


これ、今現在確認できる、地球から最も遠い宇宙の写真なんだって。

何百億光年も先の、遠い宇宙の果てで、こんなにも美しい物語が息づいているなんて。
今からはるか昔、100億年以上も前から届いた星の瞬(またた)きを、NASAの何とか望遠鏡がとらえたんだって。
なんだかもうわけがわからないけど。すごく、きれいだね。

写真を拡大してみると、ぐるぐると渦を巻いた小さな銀河が無数に確認できる。
この地球も、あの小さな渦の中のひと粒くらいかな。

向こうからは、僕たちの星はどんな風に見えているんだろう?
きっと、時空も場所も全く違う、宇宙の向こうのパラレルワールドで、遠い宇宙の兄弟達が、もう一人の自分が、ピースサインを送ってる。
笑ったり傷ついたりしながら、ここから僕もピースサインを返すよ。そっちにも届いてるか?


最も遠い宇宙の鮮明な写真、NASAが公開 - ITmedia ニュース
http://www.itmedia.co.jp/news/spv/1209/26/news061.html

2012/09/25

セブンイレブンの弁当配達サービス「セブンミール」
http://www.7meal.jp

このサービスやばいな。こんなの絶対当たりに決まってるだろ。
これからの少子化・高齢化社会、引きこもり世代、独身主義世代に完全にマッチングしてる。

セブンイレブンは、一体何年前からこのビジネスモデルを構想し、水面下で画策していたのだろう?
5年、いや10年は温めていたのだろうと容易く想像がつく。
そしてその為に、全国津々浦々に、コンビニエンスストアという恐るべきインフラを構築してきたのかもしれない。
だとしたら、恐ろしい布石を10年以上前から密やかに、かつ大胆に打ち続けてきたわけだ。
この経営戦略に、震えた。すごい。さすがの一言。

全てのコンビニ業界、飲食業界はまた一歩、セブンイレブンに先を越されてしまった。
この大胆かつ組織的な戦略に、ローソンやファミリーマートが太刀打ちできる筈もない。
先見の明を切り開き続ける、恐るべきセブンイレブン。見習うに値する。

自分をいつも正当化するヤツよりも、自分をいつも攻めてしまうヤツの方が、
いつかずっと先で、人に優しくなれると思うんだよ。

2012/09/24





ケツメイシの新曲「love love summer」は、それはもう明らかに、
skrillexの「scary monsters and nice sprites」を踏襲し、そして真似ているけど、その気持ちはよくわかる。

きっとケツメイシは、この曲をパクリたかったわけでも、ヒット曲を書きたかったわけでもなく、
ただ、この音楽史上に残る素晴らしい楽曲を自分達の手で作ってみたかった、という純粋なる憧れと嫉妬(ジェラシー)から生まれたものだと思う。
僕だってミュージシャンの端くれだ。その気持ちは痛いほどよく分かる。
ケツメイシ、わかるよ。この曲を自分達が生み出したかったよな。書きたかったよな。悔しいよな。感慨深くなる。

そして改めて、僕はこのskrillexの「scary monsters and nice sprites」に対する、自分自身の憧れと嫉妬心をあらわにする。
音楽を聴いてこんな気持ちになったのは、くるりの「ワールズエンド・スーパーノヴァ」を聞いたとき以来だ。

2012/09/22

自分が生きていることは、あんまりすごいと思わないけど、
自分と縁(ゆかり)のある、いとしいもの達が生きていることは、その目も、その口も、その髪の毛一本も、なんだかもう奇跡としか言いようがない。

そんなこんなで、僕も今日で31歳らしいです。
(去年も言った気がするが)誕生日なんて、僕にとっては死ぬほどどうでもいいしきたりなんだけど、
今日僕のために、電話やメールで一秒でも時間を作ってくれた全ての人に、この地球で出会えてよかったと心から言いたい。
ひょっとしたら、誕生日ってそういうことを思い出すためにあるのかもしれない。

いつも通り、朝起きて仕事をして、帰りにラーメンを食べて、今日を生き延びた。ありがとう。

白旗を振るだけの力が、もうないと言うのなら、その弱さの存在を認めるよ。
見え透いたその弱さを、自分を守るための道具にしているなら、そんなもの、強さだろう?

本当に弱い人間は、白旗なんて挙げないんだよ。誰かの前で泣くことなんて、出来ないんだよ。

2012/09/21

「沈む船だから乗り捨てよ」なのか、「泥船でも行けるところまで行ったれ」なのか、
少なくとも、船乗りの僕たちには、それを選ぶ権利がある。
選ぶと言うことは「自由」と言うことだ。後は好きにしたらいい。

2012/09/20

「いらっしゃいませ」から「ありがとうございました」まで、全てが一貫してマニュアル化されているのが現代のサービス業の常だけど、
マニュアルにないことをやってはじめて、サービスと呼べるのではないか、と思う今日この頃。

2012/09/19

maison martin margiela 2012 aw


sick.

やっぱり、イケてるな。セメントコーティングにグラフティをほどこした一足。
セメントって。なんそれ最高。マルタン・マルジェラは、裏切らない。

「自分は弱い」と言う人間はずるいよ。
免罪符を捨てよ。どんなときも、自分に甘えてはいけない。

2012/09/16

僕は詩人ってのが嫌いだ。

そんなものでは、パンひとつ、買えないじゃないか。毛布ひとつ、与えられないじゃないか。
愛するものひとり、満たせないじゃないか。
それなら僕は、体(てい)のいい能書きを垂れるより、黙って働いた方が性に合っている。

結論。
男なら、詩人であるより、仕事人であれ。言葉ではなく、背中で語れ。

2012/09/15

捏造される食べログの口コミと、自分の舌と、どっちを信じるの?

インターネットの情報はつくづく当てにならない、ということを思い知る昨今。
“情報は簡単に手に入るものじゃなく、自分の力で探すもの”と言ったのはGACKTだった。
もう本当に。その通りですよ。僕はもう自分の味覚を信じることにした。

2012/09/14

今日の名言

俺は、マイペースがハイペースなんだよ。

信じるということは、「この人になら騙されてもかまわない」という覚悟の上である、ということ。
たとえ傷ついても、それは自分の責任でやっている、ということ。

「傷つきたくない」という心理は、多分僕には一生わからないと思う。

2012/09/13

歩く性器

マツコ・デラックスが、市川海老蔵のことを「歩く性器みたい」と言ったことが、どツボにハマった。

歩く性器。マツコ・デラックスに、歩く性器呼ばわりされる市川海老蔵。その発想はなかった。
でもそれなら、セックスアピール全開。確かにモテる筈だ。なるほど、と思った。
マツコ・デラックスの考察は秀逸でいつも面白い。

iPhoneなんてもう終わってるやん。あんなもん何で欲しいの?

iPhone5がどうとか騒いでる人は、もう全然ダメだよな。
iPhoneに、Appleに、もう価値はない。何の魅力もなくなってしまった。
Appleがうまい具合に風上に乗り、牛耳ってきた時代は、もう終わってしまった。
iTunes store、iCloudなんて古くさいビジネスモデルは、もうこの先、通用しない。

前にFacebookで、母親の墓前で手を合わせている自分の姿の写メールを貼ってる人がいて、
「オカン、たまにしか来れずすみません。」とか死ぬほどクソ過ぎることを書いていて、
それを見て以来、SNSは少し敬遠している。僕にとって、にわかに信じ難いことだった。
あれは本当に人として最低というか、人間の闇の部分を見た気がした。

母親への愛さえもアクセサリーにするなんて。そんな腐った人間がいることに、心底反吐が出る。
亡き母に祈りを捧げたいなら、誰にも知られずに1人でやれ。祈りって本来、そういう行き場のない優しさみたいなものだろ?
でも、止めよう。そんな人間の皮を被った悪魔に、自分のペースを乱されるなんてことが、そもそも馬鹿らしい。関わりたくない。

2012/09/12




わけのわからない場所にある、わけのわからないカレー屋に行ってきた。

店構えも、雰囲気も、場所も、店員も、そしてカレーの味も。何もかもが謎だった。
サイケデリックな入り口のドアを潜り、狭く暗い店内に入ったら、ただカレーのサイズ(S,M,L)だけを聞かれる。味や辛さは毎回違うらしい。
世の中には、こんなにも謎なカレー屋があるのか。。

2012/09/10

“人はいつか死ぬ。そして君を笑う奴ら、苦しめる奴らもいつか死ぬ。そして君を知っている人間は誰もいなくなり、この地球ですらいつかなくなってしまう。”
紀里谷和明

ここ数ヶ月で一番ショックを受けた言葉。

天文学的に、この地球が太陽に飲み込まれる日まで後50億年らしいけど、
僕が死んで、せいぜい300年もすれば、僕を知っている人なんて、この地球上に誰もいなくなる。
何をしても、後には何ひとつ残らないのに。生きた証さえも全て無くなってしまうのに。
それでも生きているのは、何でだろう?

2012/09/09

とある大阪のグルメ通の消息筋の方から、カプリチョーザのトマトとニンニクのスパゲティーが美味との情報を得て、
先日、大阪のなんばで食べてきたんだけど、これが本当に美味しくてびっくりした。ある意味、感動した。
僕は長らくの間、カプリチョーザを舐めてた。カプリチョーザごめん。

それで福岡に帰ってきて、ふとまたあのスパゲティーが食べたくなったので、福岡のカプリチョーザに赴いたのだけど、これがびっくりするほど美味しくなかった。
なんか、普通だった。ベースの味は同じなんだけど、なんていうか、作ってる人の腕や意識が違うのかもしれない。

でもよく考えたら、それは当たり前のことだよな、と思った。
店も違ければ、作ってる人も違うのだから。フランチャイズや系列店だからと言って、他店でどこでも同じ味が食べられると思う方が、本来おかしい。
全国どこの店舗に入っても同じ味のハンバーガーが食べられるマクドナルドの方が、本当はおかしいんだ。
そんなことにも気付かないなんて。僕はどうかしてた。
きっとあのなんばのカプリチョーザは、ちゃんと真面目に腕を振るっているんだな、ちゃんとした「仕事」をしてるんだな、と思った。
その時改めて、二度目の感動をした。

ちゃんとした仕事をしてる飲食店や、料理に対して愛をもつ料理人に対して、僕は敬意を払いたい。
次に大阪に行ったときは、またなんばのカプリチョーザに行ってトマトとニンニクのスパゲティーを食べよう。
仲が良かった友達が結婚したら、疎遠になって一緒に遊ばなくなるのは、
単に時間が合わなくなったからなどではなく、もう棲む世界が変わってしまったからなんだな。

だから友人達の結婚式は、祝福でもあり、別れの儀式でもあるんだ。
そういう意味でも、結婚式にはちゃんと参列しなければならない。国内でも国外でも、呼んでもらえるならどこでも行こう。
短い生涯の中で、世話になった義理には義理で答えたい。そう思った。 
インターネット上のコミュニティーで、恋人の有無を聞いたりする人って、
プライバシーとかデリカシーのあり方が、あまりにも欠落してると思うんだけど。

何でそんなプライベートなことを、公の場で聞かれて答える必要があるのか。
そんなもの、学校の先生が教室のクラス全員の前で、
「お前、○○と付き合っているのか?」と質問するのと同じくらい、無神経でふざけたことだと思う。
これは、この世で一番好きな食べ物は何?と聞かれたら一秒も迷わずにカレーと答える僕が見つけた、おいしいカレー屋の法則なんだけど、
カレーのことを「カリー」と表記するカレー屋は、大体カレーにこだわってる。

まあ、よくよく考えたら、そうだ。
相当こだわってないと、カレーのことを「カリー」とは呼ばない。「カリー」なんて言い方をするのは、余程のことだ。
だから、これは食べてみる価値があるぞ、と僕は思う。その時は大抵、おいしいカレーにありつける。
同じ職場の女子社員の話の聞き方を見ていて、上手いなと思った。

話を聞くとき、相手の目を見ながら、「うんうん」と声に出して相槌を打ち、小刻みに頷く。
第三者が見てるとわざとらしいけど、話している当人にはとても効果的な聞き方だと思う。きっと、聞いてもらえている感が半端じゃない。
あれは男には到底真似できない芸当だ。誰も見ていない、優れた女子力だと感心した。
近所のスーパーのレジ袋が、エコバッグ推進という名目で、一枚2円になった件について。
2円値上げしたこと自体はどうでもいいが、それをエコのためと言ったところが、癪に障った。

地球にやさしくとか、環境に配慮とか、そういうことを言ってる企業は信用できない。
そういう連中は、いざとなったら、環境よりも自分(会社)を守るよ。人ってそういう弱い生き物だから。
それなら、単に自社のコストを削減したいだけだと正直に言え。地球ではなく、自分のためだと言え。

結論。
エコ(環境)のためではなく、エゴ(我欲)のためだろ?綺麗事は捨てろ。
「仕事がデキないヤツは要らない」という発想は、「世の中の役に立たないヤツは死ね」と同じじゃない?

仕事がデキる人も、デキない人も、社会には必要なんだよ。
集団の中では必ず序列が生まれる。組織の中で、リーダーとなるもの。それに従うもの。従わずにサボるもの。
それぞれの役割が課せられ、それぞれの責任の重さだけの報酬(給料)を得る。そこには当然、格差が生じる。
そうやってバランスをとってるんだよ。自分の持てる分だけの荷物を持てばいい。

みんな、居ていいんだよ。誰も死ななくていいんだよ。
仕事中に泣く男はいない。仕事中に泣くのは決まって女の方だ。

仕事では、決して感情的になってはいけない。
恋愛は感情的であることが大切だけど、仕事には感情を持ち込んではいけない。いつだってクレバーにカタを付ける。
だからやっぱり、仕事のフィールドでは男が主役で、恋愛のフィールドでは女が主役。
それが適正というか、自然な姿なのかもしれない。

賭け金は「君の人生」で

食事・睡眠・セックス。
人は、自分にとって重要だと感じること(経験)に対して、金や時間をかける。
その人が何に対してそれらの「賭け金」をベットしているのか、よく見るといい。さすれば、その人の本性が見えてくる。
婚活、結婚について。

ふと思ったんだが、結婚のために相手を探すって、おかしくない?
そもそも相手もいないのに「結婚願望がある」っていうのが、なんか変じゃない?
運よく相手が見つかったから、結婚したくなるもんじゃないの?

相手がいないのに「結婚したい」って言ってるような女とだけは、絶対結婚したくない。
そんな保険みたいな事情で結婚された側は、たまったもんじゃないな。

“結婚という紙切れの契約をしなければ一緒にいられないなんてことが、そもそもナンセンス。”

2012/09/07

稀な話だが、生きていると、妙なワンダーランドみたいな領域に足を踏み入れたと感じることがある。

その時、世界を認識してる「自分の側がおかしい」のか、或いは僕が違和感を感じている「世界の側がおかしい」のか、その区別がつかなくなる。
その時、真剣にその話をしても、誰にも真面目に聞いてもらえなかったり、茶化されたりする。「いや、そんなことは有り得ない」と。
自分のフィーリングを信じてもらえない。そうなると僕は、ハナから信じてもらえないのに理解してもらおう、とは思わなくなる。
そして僕は黙る。誰にもこの違和感を話せなくなる。

恐らく、僕の側がおかしいんだろうと思うけど、自分では真実がわからない。
僕はその自分の認識力が狂い始めているかもしれないこと、そしてもしも世界の側がおかしいとしてもそれに気付かないかもしれないことに心底恐怖する。

2012/09/01

 

“ベイビー。今夜だけ、生き延びたい”

旅人みたいな人がいて、本当に良かった。

2012/08/31

昨夜、9時間の睡眠をとった甲斐もあり、今日はすこぶる調子が良かった。
いつもの憂鬱な気分にも襲われなかった。つまり脳が疲れていない状態だ。
睡眠は、身体の休息などではなく、脳内リソースの獲得、ひいては精神の瞑想であるということを改めて感じた。

一風堂とかはもうダメだな。今日改めて思った。

もう皆が一風堂の味に飽きてしまってる。
僕なんかは、もうとうの昔、まだ一風堂が行列を成している頃に、「ここのラーメンは既に終わった」ことを感じていた。
はじめは革新的だったけど。誰もが新しいタイプの豚骨ラーメンに胸躍らせたけど。日本一の称号に誰もが頷いたけど。
でももう皆、革新的なラーメンに飽きてしまったんだ。当時、斬新だった宅配ピザに皆が飽きてしまったのと同じだ。
今の流れは惰性だ。後は盛者必衰。ラーメン大好きな僕としては少し寂しい気もするけど、仕方ない。
ひとつの時代が、音もなく終わるのを感じている。

2012/08/30

Picasaのアルバムが良すぎる件。

Googleが提供してる、無料で使える画像保存のクラウドサービス。
Google+ユーザーなら、2048px以内の写真と、15分以内の動画なら、いくらupしても無制限で無料。
2048pxあったら十分でっせ。何万枚でも好きにウェブ上に保存できる。勿論、自分しか見れないようアルバムごとにセキュリティーもかけられる。
これはすごいよ。さすがGoogle。僕はもうスマホで撮った写真は全部、Picasaアルバムに保存している。その方がスマートでいい。
もうパソコンとかスマホとかデジカメにデータなんて保存しなくていい。うっかり故障してデータ損失なんてこともない。

AppleのiCloudなんてセコいサービス使ってられない。iCloudは無料で使える容量は全部合わせてたったの5GB。10GB~は年間価格。
何でごく一般のスマホユーザーが毎年何千円もクラウドサービスに払う必要があるの?
もうクラウドに金とる時代じゃないよ。iTunes storeで音楽を買うような時代でもないよ。画像も音楽も、クラウドフリーが当たり前。
Appleの支配的なビジネスモデルは古臭くてもうダメだ。

2012/08/29

やさしい男がモテないで、ずるい男がモテるの、納得いかないな。納得いかない。
僕は基本的にやさしい男ではないけど、やさしい彼等が得をする世の中であってほしい、と思う。

2012/08/27

竹島問題が激化してるからって、日本に住む韓国の人を攻撃するのは筋違いだろう?
あれは国と国の問題。日本で平穏に暮らしてる韓国人に何の罪も謂(いわ)れもない。
そういう人間は、ただ大義名分を作って、誰かを攻撃したいだけ。そういう弱いものいじめを、僕は許さない。

2012/08/19

食事にうるさいYOSHIKIが一番好きなものは朝マックなんだってHIDEが言っていたけど、なる程、美味しい。
赤坂のマクドナルド。三枚のホットケーキ、バターは2つ、大量のメープルシロップをかける。

そんな日曜の朝、最高。おはようございます。仕事、行ってきます。

2012/08/17

欲しいものに対する代替品なんて、存在しないんだ。

たとえばカレーパンが食べたくて、パン屋にカレーパンを買いに行ったら、売り切れていたから、しゃあなしでコロッケパンを買う、なんてことはあり得ない。
カレーパンがないなら、買わない。そういう性格、生活をしている。
これがカレーパンではなく、車やマンションなら、きっと誰も代替品なんて買わないだろう。
カレーパンだから「まいっか」となっているのである。

僕は極力、そういう決め方はしたくない。自分の欲するものに対して、できるだけ妥協したくない。食事に関しては特にそうだ。
ただ、ここまで自分の決断に対して忠実であるのは、実は結構大変。

寿司を食べてきた。

よく行く寿司屋なのだが、カウンターにひとりで寿司を頂いたのは、恐らく生まれて初めてだ。
そして、こんなに寿司そのものに集中したのも、恐らく生まれて初めてだ。
寿司って、こんなにも美味かったのか。正直驚いた。

僕はかなりの寿司好きだが、そのことを差し引いても、今までの食べ方は寿司に対して失礼だったと思う。
大して気にも留めず、出されるがまま適当に、無関心に寿司を口に運びすぎていた。今までの寿司ごめん。
これからはもっと寿司にガチンコで望もうと思う。寿司と真剣勝負して行こうと思う。

食事を美しく心がけることは、実は難しく、訓練を要するけど、人間が唯一、他の動物と違うところは、そういった品性の有無だろう。
それが欠如しているのなら、もう犬や豚と変わらない。
ラーメンの器に口をつけたままズルズルと犬食いするような人間は、もはや人間じゃない。

2012/08/16

“ちょっと彼と彼のお母さんの間柄を見てほしい 男の人って 無意識に母親と似た女性を選ぶのだそうで 彼のお母さんに対する態度が そっくりそのまま将来の自分に対する態度になるのだそうです つまり 母親を大事にしない男の人は 彼女も大事にしなくなるんだってさ” 
DJあおい (@djaoi)

女の人は10回くらい読んだ方がいいと思う。
“大好きなシャボーナポレオンをダブル・ストレート・チェイサーなしで呑む俺の横で、女は退屈そうにグラスの氷を指でカラカラと回していた。
しばらくしてようやく会話を思い付いたのか、女が口を開く。
「それ、素敵な時計してるね、どこのやつ」
俺はタグホイヤーモナコの腕時計を左手首から外し、女の目の前にそっと置いて、こう言った。
「この時計はいつだって僕に時間を教えてくれるけど、君はいつだって僕に時間を忘れさせてくれる」
女は小さく微笑んだ。”
新爆

http://ameblo.jp/notfound2/

最高に面白いブログを見つけた。

インターネット上で、ここまでどツボな文章に出会ったのはこれが二度目。
一度目は8年ほど前だった。8年ぶりの奇跡に胸が躍る。
この人、一年に5回くらいしかブログを書かないところがまたたまらない。
まだまだインターネットは枯れていない。
―――初恋はいつですか?

「0歳。産んでくれた母親に恋をしました」


母の誕生日プレゼントを買うために、一緒に出かけてきた。服を3着。ささやかな気持ち。
僕が母のためにできることなんて、多分ほとんどない。

2012/08/14

昨日と言ってることが違くても、いいんじゃない?昨日の言葉より、今日の感情に責任持とうぜ。
だから僕は、約束が嫌いなのかもしれない。

犬が生きていることに意味はないのに、人間が生きていることに意味はあるなんて。驕りだ。
僕等が生きていることに意味なんて、あるわけない。本質的には犬と同じ。ただ生きているだけ。

2012/08/08



過去1000年間の戦争の歴史を、5分間でまとめたものらしい。
これ見てたら、またすぐに戦争の勢いだよね。
進化か?絶滅か?今のところ、我々は絶滅の一途をたどっているわけだ。

もう残りの余生、愛してるもの達と、オーストラリアで暮らしたい。

2012/07/31



病むわ。面白いね。

2012/07/28

女性にとって、美しくあることと家庭的であることは相反する。

爪の先まで美しくあろうとするほど家庭的であることから遠ざかっていくし、
水回りの隅々まで掃除しようとするほど美しくあることから遠ざかっていく。
それは男にとって、男っぽさと優しさが相反するのと同じように。
それでも互いに、相容れない二つの要素を同時に求めてしまう。男と女。

2012/07/23





貴方の音楽のファンです。

「あなたの言うことを何でも聞きます」ってのは、ある種の殺し文句だよな。

その一言で致死量に達する。 縛り付けられるほどに愛おしくなる。
必殺のその言葉に、何でも聞いてしまうのは、僕の方だったりする。

2012/07/18

いつ読み返しても、実に稚拙なクソブログだといつも思うけど、やっぱり自分の脳味噌から出てきた文章が、一番おもしろい。
そんなクソッタレな自分も、悪くはない。

自分のことを一番知らないのは自分なんだなって、いつも思うよ。






最近、ますます目が離せない雅-miyavi-。

コラボレーションがアリとかナシとか、そういう低次元の話はどうでもよくて、
この人のこの、誰とでも手を繋ごうとするポジティブな音楽性を、格好いいと思う。

2012/07/16

自分にお金をかける、他人にお金を使わないタイプの人っていうのは、結局のところ、自己愛で完結するのだと思う。
相手ではなく自分を満たす人を、誰も自分を犠牲にしてまで愛そうとは思わないだろう。少なくとも僕はそうだ。
精神科医やカウンセラーだって、白衣を着ただけの人間だろう?

僕は基本的に、カウンセリングに対して否定的だ。
そんなある意味、自分に対して何の情もない相手に、自分の弱さを吐露するなんて、僕には出来ない。
まあ個人的に、幾度となくダメカウンセラーやダメ精神科医に会ってきたという苦い理由もあるけど。
彼等に話を聞いてもらうくらいなら、信頼できる友達や恋人を探した方がよっぽどいい。
たとえ悩みが打ち明けられなくても、悩みをしばし忘れることが出来る相手と過ごした方がいいに決まってる。
どんなときも、選択肢はふたつにひとつだと思うんだよな。

たとえば、
食事なら、「カレーか、ラーメンか、寿司か」ではなくて、「カレーか、カレーじゃないか」なんだと思う。
恋人なら、「A子か、B美か」ではなくて、「A子か、A子じゃないか」だと思うんだよな。

そうすれば、自分の中で正しい答えが返ってくる。
自分の選択肢を誤魔化しちゃいけない。いつだって、選択肢はふたつにひとつだ。
僕は毎日、自分の飼い犬のことを撫でながら「愛してるよ」と言う。

犬に言葉は通じない、と笑われるかもしれない。
でも「ハウス」や「お座り」や「グッド」の意味を覚えるんだから。「愛してる」の意味も覚えると思うんだよな。
きっと僕の飼い犬は、愛してるの意味をわかっていると思う。でもそれって、なんかすごいな。
お前を愛してるよ。

2012/07/14

混んでる時間帯にわざわざ飲食店に行くのってバカなんじゃないかな?と思うようになった。
手抜きの料理が出てくること多いし、無駄に待たされるし、落ち着いて食えないし、焦る店員は接客が雑だし、いいことがない。
“マンボウマジキチ。まず体の4割以上が寄生虫にやられてる。手で触ったら跡が残るほど肌が弱い。硬骨魚なのに骨格の殆どが軟骨。水槽に入れると壁にぶつかって死ぬ。飛び跳ねて水中から飛び出して着水の衝撃で死ぬ。でも三億個も卵産むから絶滅せずに生き残る。なんなのこいつ…" 
(via Twitter / u1__)
秀逸な考察と、巧みな文章構成。マンボウに会いたくなった。
ラーメン選手権で日本一となった、とあるラーメン評論家の人が、
「ラーメンの味を判断するとき、最初の二口で全てを見極める」というようなことを言っていたのを思い出した。

その後の味覚は惰性のようなもので、舌がニュートラルな状態を保つことができるのは最初だけ。
つまり、そういうことなのだろう。それは僕も食事をする際によく思うことだ。

彼のことを調べていたら、4年前に肝硬変で亡くなっていたことを知った。享年48歳だった。
無理もない。彼は年間500食以上のラーメンを食べたそうだ。
早逝ではあるが、これほど味わい深い人生もそうそうないだろう。
僕の定義では、人生には二種類あって、それは「人生を楽しむ」か、「人生を幸せにする」か。
思えば、人生を幸せにする方を選んだもの達は、みな結婚した。
何でもかんでも思ったことを口にするってのはさ、能がないよね。

そりゃ素直で率直であることは大切だけど。そんなもの、奥ゆかしさや思慮深さの欠片もない。
思ってても口には出さない配慮もまた、人としての美しさやスマートさじゃない?
悲しくてもさ、笑って手を振る方がなんかこう、ぐっとくるものじゃない?
僕はとても個人的な偏見で、横浜のことをひどく嫌っている。

横浜の人間は、東京に買い物に行くという習慣がない。
横浜に何でも洒落たものが揃っている、と思い込んでいるからだ。とんだ勘違いだ。
言っとくけど、横浜なんて何にもない。

横浜の人間は、みなとみらいが誇りだと思ってる節がある。
アホかと思う。あんなもの、ただのバブルの象徴。駐車場だけ信じられないくらい高い。
横浜中華街もそうだ。大して美味い店もないくせに、店構えだけは豪華絢爛、高いばかり。
もっと安くて美味い中華を出す店は、東京に沢山あるよ。

僕は一時期、神奈川の内陸に住んでいたこともあり、横浜では遊んだし、ナンパも何度もやった。
ナンパで言えば横浜はイージーだし、横浜の女と真面目に付き合ったこともある。
しかし、これほどの都市でこれほど退屈な街を、僕は他に知らない。

見せかけばっかり。何のセンスもカルチャーも感じない。
僕は埼玉のことも別の理由で嫌っているけど、完全に東京に依存している、ダサい自覚のある埼玉の方がまだ好感が持てる。

ランドマークタワーのパブから、みなとみらいを眺めながら飲んだビールがおそろしく不味かったことを、僕の脳味噌は今も覚えている。

親愛なる

テレビや冷蔵庫はなんだって構わないけど、ソファーとベッドだけは最高のものを選びたい。

僕はプレコグさんに共感することがとても多い。
もはや会いたい人が、携帯の電話帳メモリーの1%以下となってしまった僕だけど、
プレコグさん。以前あのタイミングでお誘いを頂けたこと、忘れてません。
会う会う詐欺になってしまっていますが、いいタイミングで必ずお会いしましょう。
その時はアイリッシュ・パブで乾杯しましょう。勿論、ギネス・スタウトで。

2012/07/07

「愛する」というコインの裏面には、「傷つける」が隠されている。

「この人になら傷つけられても構わない」って、僕はそういう気概で人を愛するのだけど、
「あなたに傷つけられて私はダメになる」と言われてしまうと、僕にはもう愛することそのものが罪のようだ。
この手のひらから、コインが滑り落ちていくみたいだ。

2012/07/05


http://hiltontokyo.jp/plans/restaurants/dinner/179/

ヒルトン東京、明日からビアガーデンやるんだって。2,500円で飲み放題。いいね。

あれ?俺、なんで福岡にいるんだろ。

2012/07/04

まあ今に始まったことではないが、最近自分の精神が病んでいる、ネガティブである、と感じることが多いけど、
それは単純に、「脳が疲れている」状態である、ということに気が付いた。

僕はおそらく、人一倍いろいろなことを考えている(世間ではそれを「悩む」と言う)し、そうなってくると当然、人一倍脳も疲れるだろう。
僕は基本的に、つらい夜でも寝たら次の日の朝には忘れて、元気になっているけど、
それは単純に、睡眠によって脳が休息をしたわけで、だから朝には脳が元気になり、ポジティブになっている、という理屈だろう。
だから結論的に、精神が病んでいる、ネガティブであると感じるときは、直ちに脳を休ませる。つまり早く寝ろ、いっぱい寝ろ、ということだろう。

今日はすごいことに気が付いた。
病んでいる時は単に脳使いすぎて脳が疲れてるだよ。脳休めればいいだけだよ。そういう時は寝ろ。

-

(オマケ)

そしてこれは僕の仮説だけど、IT業界の人間が総じて病みやすいのは、多分そのせいじゃないかな?
身体と脳の疲れの割合を考えると、たとえば土木業や引越屋だったら9:1くらいだろう。美容師、サービス業なら6:4くらいだろうか?
でもIT業界はほぼ0:10である。身体は疲れない。その分、脳が疲れる。
しかもIT業界は拘束時間が長い。だから他の業種よりも脳への負担がかかり過ぎるのでは?

僕を含め、僕の周りの病んでいる連中は、大体脳を使いすぎている。脳を使ってない人ほどあまり病まない気がする。

2012/07/01

金とsex

働かない男と、太った女は、概ね同義だ。「切り札」は、ちゃあんと取っておけ。

2012/06/30

とある太った30代後半の男が食事をしている様子を見ていたんだけど、それがもう酷かった。

おそらくコンビニで買ったものだと思うけど、唇に器をダイレクトに付け、上を向いて口を大きく開け、匙のようなもので食べ物をガガガッとかき込んでいた。
もはや人として最低レベルの、犬と変わらぬ食事の姿だった。その有り様は、品性というものを著しく欠如していた。
この男とセックスしたい女なんてこの世に一人もいないんだろうな、と思った。
人間もこうなってしまったらおしまいだ。っていうかあれは人間じゃない。ヒト科の動物だ。僕の一番嫌いなタイプだ。

生まれつき品格の備わった人間など存在しない。品格には訓練が必要だ。優しさと同じように。
人は美しくスマートであるために、日々訓練し続けなければならない。生きることを選び続ける限り、人は理性と本能のジレンマから逃れることはできないのだ。

人間の本性を炙り出すタイミングは決まって、食事、セックス、そして危機的状況だ。セックスと、危機的状況については、また機会があれば書こうと思う。
それにしても、あまりに強烈な反面教師を目撃した僕はしばし呆然の体(てい)で、食欲さえも失せてしまった。

昼食のアジの南蛮漬けのタレが僕の白いシャツに飛び散った瞬間、ドレスを汚された彼女の言葉を思い出した。「服は汚れるものよ」と。
服は汚れるもの。その通りである。服は僕たちの生活の一部、あるいは生活そのものなのだから。

汚れない服など存在しない。傷つかない心が存在しないように。

僕たちは、「食べたもの」みたいになるんだ。僕が食にこだわるのに理由がいるのなら、それで十分だ。

口から食べたものだけが自分の肉体、つまり全ての細胞を構成する。
幸運にも、僕たちはその日自分が食べるものを自分で選ぶことができる。(これは本当に幸運なことだ)
それにも関わらず、たとえばインスタントラーメンばかりを食べていたとしたら、僕の目も、耳も、脳味噌も、全部インスタントラーメンで作られる。
そんなのって不健康に決まってる。そんな身体、全然フレッシュじゃない。そんな身体、ミイラだ。

そして最近感じるのは、早く腐る食材ほど、人間に生命としての活力をくれる。
だから鮮魚や野菜など生の状態のもの(ローフード)ほど、人を若々しく保ってくれる。
大体、人間の身体なんて死んだらすぐ腐るんだから。腐らないものを食べながら生き続けるなんてことが、よく考えたらおかしい。

2012/06/23

family(家族)という単語は、"father and mother i love you" の頭文字なんだって。

一体、誰が考えたんだろう?
その作り話があまりにも素敵だったから、僕たちはそう信じることにした。

2012/06/15

食べることは生きるためだけど、美味しく戴くことは生きている満足感のため。
着ることは生きるためだけど、お洒落をすることは生きている満足感のため。
子孫を残すことは生きるためだけど、肌を重ねてセックスすることは生きている満足感のため。

数ある動物達の種族の中で、人間のみに許されたその偉大な能力(満足感)を放棄して、ただ生きるために欲を済ませて。
どうでもいい飯を食って、どうでもいい服を着て、どうでもいい女と寝て。それで満足か?それなら豚と変わりゃしない。

僕は特別な満足感を求めている。
そうでなくちゃ、こんなにもつらいことばかりの人間に生まれた意味がないよ。
男女の役割については、男がゾウで、女がゾウ使いのようなものだと思っている。

大きさや力以外は、すべてゾウ使いが勝っている。
後はどれだけ上手くゾウをコントロールできるか。ゾウ使いの手腕が恋愛のカギを握っている。
いい女とは即ち、いいゾウ使いだ。

2012/06/14


写真の撮り方が下手すぎて申し訳ないレベルではある。
近所の洋食店のランチ。皿の上の料理全てがイチイチ美味しい。こういう隅々まで手の抜かれていない料理を出す飲食店は意外と少ない。

2012/06/12

自分の味覚について、「自分は味オンチだ」と最初から決め付けることで、食に関する明確な判断を避けるための免罪符にしていた
(いわゆる自分は味の分かる食通である、といったイタイ人物になることから解放されたかった)感があるのだけど、最近それはちょっと違うな、と思った。
僕は食事をして、それが一流か二流かなんて全然分からないし知らないし、そんなこと知りたくもないんだけど、
自分が美味しいと感じるもの、好きなものだけは好きだとハッキリわかることに気が付いた。
食通なんて価値観は心底どうでもよくて、ただ自分の好きなものを知っているかどうか。それが全てという気がする。そこはぶれない。

昨日食べたカスタードクリームとホイップクリームのサンドが、もう信じられないくらい美味しくて、未だに感動冷めやらぬ、といった印象である。
食材や鮮度にこだわっているのだと直ぐにわかった。口に含んだ瞬間、僕はこれが好きだと思った。

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