エピチャン

2014/07/03

続き2>>

「あなたのお姫様は今ごろ誰かと腰を振ってるよ」

あの夜、彼女は悪戯に僕にそう言った。とある歌の歌詞だ。
当時の彼女はひどく酔っていた。傷口にナイフを突き刺されるような痛みだった。
いや、僕のお姫様が僕以外の誰かと腰を振るくらいなら、いっそ傷口をナイフでえぐられた方がマシだ。

彼女と再会した理由を、断片的な記憶を、拾い集めてみる。
でも、いくつもの彼女との記憶が、その思い出が、僕の中でちぐはぐに絡まっていて、時系列に並べることが出来ない。
どれが二度目で、三度目で、四度目なのか。まるで思い出せない。
思い出せるのは、いつか彼女が着ていたコートの色、ゆるいパーマの髪の毛、履いていたレインブーツ、
背中に彫られた異国の文字、唇を噛んだときの触感、やわらかな胸の形、舌に開けたピアス―――。

渋谷の地下室にあるBARで飲んでいた。
エントランスで靴を脱ぐと、フロアは起毛の赤い絨毯が敷き詰められていた。
ホール全体がヴェルナー・パントンの世界観のような、さながら異空間の様子を呈していた。甘いチェリーの香りが立ちこめる。
「この店、最高。」彼女はご満悦だった。僕はデートの店選びには余念がない。
カウンターで隣り合わせの僕達は、足を投げ出して派手に酔っ払っていた。それから何件かハシゴして、円山町のラブホテルに駆け落ちた。
吹けば飛ぶような年季の入ったラブホテルだった。大きな鏡が写すベッドで、僕達は裸になって抱き合った。

と、ここで冒頭に戻るわけだが―――。

つまり、好きな女を忘れられない僕と、恋人に満たされない彼女の、至極屈折した関係だ。
僕達の関係性に名前などなかった。友達?恋人?セフレ?そんなのクソ食らえだ。
僕がこうして彼女のことを話せるのは、もうすべて終わったことだからなんだろう。

続く

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