エピチャン

2012/09/14

信じるということは、「この人になら騙されてもかまわない」という覚悟の上である、ということ。
たとえ傷ついても、それは自分の責任でやっている、ということ。

「傷つきたくない」という心理は、多分僕には一生わからないと思う。

2012/09/13

歩く性器

マツコ・デラックスが、市川海老蔵のことを「歩く性器みたい」と言ったことが、どツボにハマった。

歩く性器。マツコ・デラックスに、歩く性器呼ばわりされる市川海老蔵。その発想はなかった。
でもそれなら、セックスアピール全開。確かにモテる筈だ。なるほど、と思った。
マツコ・デラックスの考察は秀逸でいつも面白い。

iPhoneなんてもう終わってるやん。あんなもん何で欲しいの?

iPhone5がどうとか騒いでる人は、もう全然ダメだよな。
iPhoneに、Appleに、もう価値はない。何の魅力もなくなってしまった。
Appleがうまい具合に風上に乗り、牛耳ってきた時代は、もう終わってしまった。
iTunes store、iCloudなんて古くさいビジネスモデルは、もうこの先、通用しない。

前にFacebookで、母親の墓前で手を合わせている自分の姿の写メールを貼ってる人がいて、
「オカン、たまにしか来れずすみません。」とか死ぬほどクソ過ぎることを書いていて、
それを見て以来、SNSは少し敬遠している。僕にとって、にわかに信じ難いことだった。
あれは本当に人として最低というか、人間の闇の部分を見た気がした。

母親への愛さえもアクセサリーにするなんて。そんな腐った人間がいることに、心底反吐が出る。
亡き母に祈りを捧げたいなら、誰にも知られずに1人でやれ。祈りって本来、そういう行き場のない優しさみたいなものだろ?
でも、止めよう。そんな人間の皮を被った悪魔に、自分のペースを乱されるなんてことが、そもそも馬鹿らしい。関わりたくない。

2012/09/12




わけのわからない場所にある、わけのわからないカレー屋に行ってきた。

店構えも、雰囲気も、場所も、店員も、そしてカレーの味も。何もかもが謎だった。
サイケデリックな入り口のドアを潜り、狭く暗い店内に入ったら、ただカレーのサイズ(S,M,L)だけを聞かれる。味や辛さは毎回違うらしい。
世の中には、こんなにも謎なカレー屋があるのか。。

2012/09/10

“人はいつか死ぬ。そして君を笑う奴ら、苦しめる奴らもいつか死ぬ。そして君を知っている人間は誰もいなくなり、この地球ですらいつかなくなってしまう。”
紀里谷和明

ここ数ヶ月で一番ショックを受けた言葉。

天文学的に、この地球が太陽に飲み込まれる日まで後50億年らしいけど、
僕が死んで、せいぜい300年もすれば、僕を知っている人なんて、この地球上に誰もいなくなる。
何をしても、後には何ひとつ残らないのに。生きた証さえも全て無くなってしまうのに。
それでも生きているのは、何でだろう?

2012/09/09

とある大阪のグルメ通の消息筋の方から、カプリチョーザのトマトとニンニクのスパゲティーが美味との情報を得て、
先日、大阪のなんばで食べてきたんだけど、これが本当に美味しくてびっくりした。ある意味、感動した。
僕は長らくの間、カプリチョーザを舐めてた。カプリチョーザごめん。

それで福岡に帰ってきて、ふとまたあのスパゲティーが食べたくなったので、福岡のカプリチョーザに赴いたのだけど、これがびっくりするほど美味しくなかった。
なんか、普通だった。ベースの味は同じなんだけど、なんていうか、作ってる人の腕や意識が違うのかもしれない。

でもよく考えたら、それは当たり前のことだよな、と思った。
店も違ければ、作ってる人も違うのだから。フランチャイズや系列店だからと言って、他店でどこでも同じ味が食べられると思う方が、本来おかしい。
全国どこの店舗に入っても同じ味のハンバーガーが食べられるマクドナルドの方が、本当はおかしいんだ。
そんなことにも気付かないなんて。僕はどうかしてた。
きっとあのなんばのカプリチョーザは、ちゃんと真面目に腕を振るっているんだな、ちゃんとした「仕事」をしてるんだな、と思った。
その時改めて、二度目の感動をした。

ちゃんとした仕事をしてる飲食店や、料理に対して愛をもつ料理人に対して、僕は敬意を払いたい。
次に大阪に行ったときは、またなんばのカプリチョーザに行ってトマトとニンニクのスパゲティーを食べよう。

ブログ アーカイブ

自己紹介

自分の写真
ご意見、ご感想はepidence[at]gmail.comまで。